GSC入門No.5
第15回GSC賞経済産業大臣賞、環境大臣賞同時受賞
世界の水問題解決に貢献する
高機能性逆浸透膜の開発
東レ株式会社

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第15回(2015年度)のGSC賞は、東レ株式会社の「高機能性逆浸透膜の開発」が経済産業大臣賞と環境大臣賞を同時受賞しました。同時受賞はこの業績が初めてです。この膜は海水のみならず河川水や下廃水など多様な水処理に使われており、省エネルギーで高い水質の水を得ることができます。
受賞企業のプロフィール
東レ株式会社は、1926年に創業した総合化学企業(本社は東京都中央区)で、合成繊維や合成樹脂をはじめとする化学製品や情報関連素材を取り扱っています。
技術開発に至るまで
社会の持続可能な発展の実現に向けて、どのような意志のもとで開発が始まったのでしょうか
水は人々の命を支えるばかりでなく、日常生活や経済を考える上でも重要な「資源」です。世界では人口の急増や経済発展とともに、水不足や水汚濁などの水問題が深刻化しています。この問題は今後もますます悪化し、国際的な紛争の引き金になるかもしれないと懸念されています。中でも一番の問題は、アフリカなどの途上国では約9億人の人々が安全な水を容易に手に入れることができないことです。2015年の国連サミットで採択された持続可能な開発目標(SDGs)でも、重要項目として水問題の解決を掲げており、「安全な水を安定して確保すること」が人類共通の重要課題として認識されています(GSC教材シリーズ特別号参照(PDFweb))。
地球の表面の70%は水で覆われ、「水の惑星」と言われていますが、その多くは海水で私たちが利用できる淡水はわずか0.01%にすぎません。水問題を解決するためには、海水や内陸部のかん水など多様な水質の水の利用を促すことが求められています。
淡水の少ない中東などの地域では、海水から淡水をつくる「海水淡水化」が行われています。その方法には海水を加熱し、水蒸気を冷やして淡水を得る「蒸発法」や海水を逆浸透膜という特殊な膜でろ過して、淡水にする「逆浸透法」などがあります。逆浸透膜は孔径1 nm以下のたくさんの孔があいた膜で、水は通しますが、塩などの不純物を通さない性質があります。海水から水だけを通すことで、海水に含まれる不純物を除去し、淡水を得ることができます。蒸発法は大量のエネルギーが必要なため、造水コストがかかります。そのため、エネルギー効率が比較的よい逆浸透法に注目が集まっています。この方法なら、経済的に恵まれない国でも利用できる可能性があります。
逆浸透法でも海水に大きな圧力をかける必要があり、エネルギーは必要です。また、海水中にはプランクトンやその死骸などの有機物や塩分以外の無機物などが含まれており、膜が目詰まりしてしまいます。すると、水が通りにくくなったり、塩分を取り除きにくくなったりしてしまうので、定期的に膜を洗浄することが必要で、その間は淡水が得られなくなります。その上、洗浄を繰り返すと洗浄剤により膜にダメージが生じ、膜の寿命が短くなって造水コストが増加することが問題でした。
東レ株式会社(以下東レ)は、40年以上前から逆浸透膜を開発しています。膜の用途は、半導体工業向けの超純水の製造から始まり、かん水の淡水化、海水の淡水化、さらには下水や廃水の再利用まで拡大しています。同社は、これまでに培った技術を応用し、水問題の解決に貢献したいと高機能性逆浸透膜の開発に着手しました。
課題の解決に向けて
どのような技術課題が生じ、解決方法をあみ出したのでしょうか
逆浸透膜の機能を高めるために
逆浸透膜の開発は、海水淡水化を目指して始まったのですが、そのハードルは高く、なかなか実用化されませんでした。その理由は、水の透過性と塩などの不純物の除去性を高めることの両立が難しかったからです。
膜の孔を大きくすれば水の透過性がよくなりますが、塩も通りやすくなります。膜の孔を小さくすれば塩がよく除かれ水質がよくなりますが、水処理の効率は悪くなります。また、圧力を加えるので耐圧性なども求められます。トレードオフの関係であるこれらの課題を解決するために、素材や表面構造の工夫が進められてきました。そこで開発されたのが界面重縮合を利用した架橋芳香族ポリアミド複合膜です。この膜は表面がひだ状の構造になっているため、表面積を大きくすることが可能で大量の海水が透過しやすくなります。そのため、孔径が非常に小さくても効率よく海水から塩を除去し、淡水をつくることができるのです。
膜表面の構造(透過型電子顕微鏡)
膜利用の普及にともない、海水淡水化のみならず、かん水や河川水、下廃水など多様な水処理にの向上が求められています。省エネルギーを実現するためには、水の透過性を高めることが重要です。水がたくさん流れれば、必要な水量にかかるエネルギーを節約することができるからです。また、水質をよくするためには、不純物の除去率を高めることが重要です。膜表面に汚れがつきにくければ、水の透過性の低下を抑えることができるばかりでなく、膜の洗浄頻度を減らすことができます。これら多くの機能をもつ膜を開発することにしました。
逆浸透膜の構造を解析する
開発担当者たちは、従来の架橋芳香族ポリアミド複合膜の微細なひだと細孔の構造を精密に制御できれば、機能を向上できると考えました。そのため、膜の表面構造を徹底的に解析することにしました。とはいえ、1nm以下の表面構造を解析することは容易ではありませんでした。
表面のひだの大きさは電子顕微鏡をつかって解析しましたが、従来の走査型電子顕微鏡による観察では、ひだの形状の情報しか得ることはできません。また、透過型電子顕微鏡では、より微細な構造の観察が可能ですが、微細な構造まで定量する技術はありませんでした。
そこで、分析が専門の東レリサーチセンターとの共同研究により独自の解析技術を開発し、ようやく、ひだの内部構造や表面積、膜の厚みなど新しい情報が得られるようになりました。その結果、ひだの構造と逆浸透膜の特性の関係が明らかになり、それが膜の構造の設計につながりました。
さらに、膜の孔の大きさの定量を試みたものの微細な孔の構造を測定する方法なども当時はもちろんありませんでした。いろいろ検討し、思いついたのが「陽電子消滅寿命測定法」を使うことでした。この方法は、陽電子を試料に打ち込んでから、電子と衝突して消滅するまでの時間を測定するというものです。小さい孔に捕捉された陽電子は周囲の電子と衝突する確率が高くなるため、寿命が短くなるので、その原理を利用して孔の大きさを測定できます。
測定用の小型の装置は、いまは導入されていますが、開発していた2015年当時は市販品などはありませんでした。これもリサーチセンターをはじめ、社内外のいろいろな協力があって、ようやく開発して測定に成功しました。さらに分子動力学計算も組み合わせ、孔の大きさの測定法を確立しました。逆浸透膜の孔の大きさは0.5~0.7nmであることが確認され、細孔径とホウ素除去率の相関も見出すことができました。ホウ素やホウ素化合物は飲料水の規制物質です。
こうした解析結果をもとにコンピュータシミュレーションを駆使し、高透過性や除去性、耐久性などを兼ね備えたものにするためにひだや孔のサイズをどうコントロールすればいいのか、膜の立体構造を設計しました。また、界面重合法や表面制御技術を工夫し、試行錯誤を繰り返したうえで、ついに理想の構造を実現できました。膜表面を制御することで、汚れがつきにくい表面をつくることもできました。
逆浸透膜の孔径の解析
逆浸透膜の細孔径が 0.5~0.7nmであること(左)や細孔径とホウ素除去率との相関(右)が明らかになった。
エレメントの構成部材も改良して省エネ化
逆浸透膜は、平たいシート状にして、流路材とともにロールケーキのように巻いたスパイラル型エレメントとして使います。一方の断面が供給側となって海水を入れ、圧力をかけて逆浸透膜を透過させながら塩分を取り除きます)。
逆浸透膜エレメント
この際、膜で分離された塩が膜の表面に蓄積し、表面のイオン濃度が原液の海水のイオン濃度より高くなるという濃度分極現象が起こります。この現象が起こると透過性能が変化するので、供給水の流速を高めることによって逆浸透膜の表面のイオン濃度を低下させることが重要になります。そのため、流路材も高性能化しました。流体解析を駆使し、流路材を薄型にし、網目構造を最適化することで、供給水の流速を2倍以上に高め、膜表面のイオン濃度を従来に比べ30%以上低下させる技術を開発しました。
また、透過水の流路材は加圧したときの高圧に耐えられるよう緻密な構造をしたトリコット(縦方向に網目がつながった生地)が使われています。しかし、この構造は緻密であるため、水が流れにくくなり、透過性能を低下させる一因となっています。そこで、流体解析や構造解析ばかりでなく繊維加工技術を応用して、溶融樹脂をドット状やストライプ状に微細精密成形し、耐圧性をもたせたまま流路を拡大することに成功しました。そのおかげで流動抵抗を50%低減し、水の透過量も最大で20%高めることができました。
このように、膜の機能を最大限に発揮させるために、供給水や透過水の流路材の構造も改良しました。
社会への貢献
新しい技術は社会にどんな価値をもたらしたでしょうか
膜素材の化学構造や物理化学データを徹底的に分析し、孔の大きさやひだ構造を最適化するなど膜の表面の構造を制御する技術を確立した結果、東レは逆浸透膜にこれまで以上の高透水性と高除去性の両立を実現しました。水の透過性が高まったために低圧で水処理が行えるようになり、省エネも可能になったのです。そればかりではありません。耐汚れ性や耐薬品性という機能のおかげで、膜の洗浄頻度が減るばかりでなく、膜の耐用年数も長くなりました。長期にわたり、ホウ素などの有害物質を安定して除去し、高品質の水を提供できるようになったのです。
その結果、下廃水処理の試算では、60%の造水コスト削減が期待できることがわかりました。さらに、RO膜の省エネ性により2010年から2014年の5年間で約800万トンの二酸化炭素を削減する効果があったと見積もられています。
海水ばかりでなく、かん水や下廃水などさまざまな原水でも高品質な水を安定に、安価につくることができます。また、従来の蒸発法などに比べて使用時の消費エネルギーが大幅に低減すると見積もられています。いまでは、世界の多くの地域で採用され、さらに多くの用途で水問題の解決に貢献しています。
逆浸透膜は、食品や医薬品など水分野以外でも使われるなど用途が広がっています。将来は、石油やガスの採掘など資源エネルギー分野、リチウムやレアメタルなど有価物の製造、バイオリファイナリーなど幅広い分野で適用されることが期待されています。化学産業においても、大規模なエネルギー削減を実現する革新的な技術になると注目されています。

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